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フィリピンの『びっくり』をお届け!

【夢の海外生活とは…?】日本を飛び出して1年、僕の辿った道【前編】

今日は『海外で生活すること』について私見をまとめてみようと思います。

 その前にまずは自分語りを少しだけさせてください。
同じ心境の方は少なくないと思うので……

 

『英語を喋る自分』を夢見て語学留学を決意。
渡航先は現在大流行中の『フィリピン』

 『フィリピン語学留学』この響きも世間に定着してきましたね。
数年前から流行り始めた渡航先で、『英語話者の数』・『物価の安さ』・『マンツーマンの授業形態』が反響呼び、毎年たくさんの人が英語を勉強しに渡航しております。

僕もそんな中の1人で、2014年の4月、ついにフィリピンへ足を踏み入れました。
入試を経験したことがなく、謙遜抜きで英語ダメな僕でしたが、フィリピン人先生との英語の勉強は楽しく、あっという間に半年という期間が過ぎました。
もともとオシャベリな僕は、『伝えたい1つの知らない単語』を説明するのに3つも4つも文章を作り、身振り手振りで理解してもらう手法が功を奏し、言語野の高速回転に更に磨きをかけることができました。

 

たくさんの先生との出会いの中で、たった1人、チョコレートみたいな色をした天使を見つけました。他の生徒や先生、売店のお姉さんにまで協力してもらい、彼女をモノにすることができました。

 

これが半年という長くて短いフィリピン生活の終わりだと思っていました。

フィリピンとの涙の別れ、
そして日本で待つのは地獄の就職活動

 自宅への帰り道、空港で出迎えてくれた母と祖母に今後の就活プランを話しました。
ドラ息子の遅すぎる就活を、涙ぐんで喜んでくれた顔は今でも忘れられません。

帰国から3日後、あまりにも異国の彼女を想いすぎて、フィリピンでの就職を決意。
早すぎる息子の心変わりに、母大激怒。いやー怖かった怖かった。

 

海外就職のポジティブさをどれだけ訴えようが、結局は『女の尻を追っかけて家を出たドラ息子』。就職して半年経った今もそう思われていると思います。

結局母には諦めていただく形で話は終結。『マニラ 求人』でググって一番にヒットしたサイトで特に資格が要らない会社に応募、フィリピンまで来て面接し、即採用。
向こうもとにかく人が欲しかったみたいね。ラッキー。

夢の海外生活スタート!
アメイジングな経験してやるぜ! 

 面接時に社長から言われた言葉は「友達として接するフィリピン人への好印象は、同僚として接した瞬間に崩れ落ちるよ。HAHAHA」でした。

ここで僕が感じるフィリピン人の大まかな特徴を紹介しようと思います。

  1. 家族と過ごす時間が最優先事項!働くのも勿論家族のため!
  2. 皆同じ神の子!祈っていれば許される!そんな怒らないで笑い飛ばそう!
  3. 宵越しの銭は明日稼ごう!今日はお買い物して外食!

大体のフィリピン人に当てはまるのが上記3つ。
昨日今日知り合った僕を家族親戚の晩餐会に招いてくれる、仕事中だって誰に対してもフランク、貧乏なのにいつも笑顔で幸せそうにしてる。そんなフィリピン人から学ぶことは多いと尊敬してさえいました。

ですが現実はそう甘くない。
上記の特徴が良く働くこともあれば、その逆も。
例えば、家族に何かあれば(病気は勿論、卒業式、家族の誕生日だって)平気で仕事を休みます。だからといって前日に休む日の分の仕事しておくかと言うとそうではない。しかも当日の朝に休む旨を伝えてくるので、会社は常に従業員を多めに雇用しなければなりません。

勿論ツケは我々日本人にも回ってくるので、仕方なくサービス残業。
それを横目に「バイバイポ〜」(Bye Bye po)していく他のフィリピン人達。
(補足:『ポ』とは日本語で『です・ます』にあたるフィリピン語。英語の語尾につけて敬語みたいに使っている。ちなみに聞き返すときは「ポォ?」と言ってくる。「はい?」みたいなノリ。)

 

ここは海外。好きで選んだ場所。日本人の仕事観を押し付けるのはお門違い。
毎日やり場の無い憤りをかかえて、帰路についています。

フィリピン人に対しての印象がガラリと変わって(仕事を初めて)半年が過ぎましたが、それでも『海外』には日本に居ては想像もつかない事がたくさん潜在しています。

次記事【後編】にて、より詳しく触れようと思います。

海外で就職することを視野に入れている人は、是非とも読んでほしいです。


それでは!